本研究の目的は、アジア各国の協力を得て、ヒトおよび動物におけるH5N1ウイルスの感染病理学的特徴を比較検討した上で、その病態を明らかにすることである。本研究を展開するには、H5N1ウイルスの高エンデミック地域との共同研究が不可欠である。更には、本研究を通じてアジア各国との交流を図り、感染症および病理学的研究のためのネットワーク網を根付かせて問題意識を共有し、将来に向けた国際共同研究体制を構築・維持することも目標とする。今年度はタイ(チュラロンコン大学)、ベトナム(ホーチミン第一小児病院、ホーチミン医科薬科大学病院など)を訪問し、両国における最近のH5N1発生状況について調べた。昨年は、新型インフルエンザH1N1の世界的パンデミックがあり、タイ、ベトナムでもその対策が緊急課題となったことから、現地の担当者と議論をする十分な余裕がなかったが、今後の共同研究の進め方について討論した。タイでは2006年を最後にヒト、動物を含めたH5N1感染が発生しておらず、このため、タイでの新たな症例を集めることは困難であることが分かった。一方ベトナムでは、最近でもヒトで発生しており、2007年8例(5例死亡)、2008年6例(5例死亡)、2009年5例(5例死亡)であった。いづれも人体例であるが、剖検を行わない国なので、病理検体収集には困難が予想された。タイ・チュラロンコン大学の協力で、トラのH5N1感染による死亡例2例について、病理学的に観察することができた。本症例は、2003~2004年にかけてタイでH5N1が集団発生した時、H5N1に感染した生鶏肉を食べて感染したものである。感染トラは、高熱と呼吸障害をきたし、死亡している。剖検により、全身性臓器に重度の出血性病変が観察された。病理組織学的には、肺病変が主体で、肺胞上皮の脱落消失、細気管支の消失、肺胞壁の肥厚、肺胞内への好中球・マクロファージなどを含む炎症性浸出物の析出、フィブリン析出などが観察された。1例では、脳炎の病変も観察された。免疫染色にて、インフルエンザAウイルスの関連抗原が肺胞上皮、細気管支上皮、大脳神経細胞に局在を示した。以上、貴重な症例を病理学的に観察することができた。今後は、更に症例を増やして、ヒトとの共通点、相違点を比較病理学的、分子ウイルス学的に検討を加えたい。
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