本研究の目的は、アジア各国の協力を得て、ヒトおよび動物におけるH5N1ウイルスの感染病理学的特徴を比較検討した上で、その病態を明らかにすることである。本研究を展開するには、H5N1ウイルスの高エンデミック地域との共同研究が不可欠である。更には、本研究を通じてアジア各国との交流を図り、感染症および病理学的研究のためのネットワーク網を根付かせて問題意識を共有し、将来に向けた国際共同研究体制を構築・維持することも目標とする。今年度はタイ・チュラロンコン大学、ベトナム・ホーチミン医科薬科大学/国立熱帯病病院/ホーチミン第一小児病院を訪問し、両国における最近のH5N1発生状況について調べた。 タイでは2006年を最後にヒト、動物を含めたH5N1感染が発生していなかった。一方ベトナムでは、2010年~2012年にかけて計3例のH5N1感染ヒト患者の新規発生を認めた。内訳は、症例1:22歳男性(2010年3月発生)、症例2:2歳少女(2010年4月発生)、症例3:26歳の妊婦(2012年1月発生)である。症例3の新生児でのH5N1lは陰性であった。いずれの症例でもヒトからヒトへの感染は観察されていなかった。症例3の場合感染経路として、患者が病鶏を調理したことが疑われている。WHOが統計を取り始めてから、ベトナムでのヒトにおけるH5N1感染例は今回の3例を含めて121例目となり、うち死亡例は61件となった。 タイで2004年の流行時に発生した、H5N1感染ネコ剖検例の肺組織から分離されたウイルス遺伝子を詳細に解析した。PCR法にてHA遺伝子、NA遺伝子、PB2遺伝子を各々増幅し、塩基配列を決定した。得られた塩基配列は、同年にタイで発生した.ヒト由来H5N1と高い相同性を示し、分子系統樹解析からゲノタイプZに分類された。各領域では、HA基の開裂部(cleavage site)の基本的アミノ酸配列はSPQRERRRKKRRであった。NA基には20個のアミノ酸(49-68番目)の欠如が認められた他、274番目はヒスチジンを示したことから、薬剤耐性株では無いことが推察された。またP82基には、一アミノ酸置換(E627K)が観察された。これらの三徴候は、いずれも高病原性新型インフルエンザウイルスとして特徴づけられている遺伝子配列であった。
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