研究概要 |
糞線虫や鉤虫は、世界的には深刻な健康被害と社会的損失をもたらしているが、代表的な「顧みられない病気」であり病原体に関する研究は少ない。糞線虫や鉤虫感染の最初のステップは、感染幼虫と呼ばれる感染型の幼虫が宿主の皮膚から侵入することである。本研究では、ラットの腸管寄生虫であるベネズエラ糞線虫をもちいて、感染幼虫の発現遺伝子を網羅的に解析し、宿主への侵入機構を明らかにすることを目的とした。 発現遺伝子の解析は、従来法による感染幼虫期cDNAのクローンライブラリの作製とシーケンシング、次世代型シーケンサによる孵化直後の幼虫期、感染幼虫期、体内移行幼虫期、成虫期の大規模cDNAフラグメント解析の両方によった。その結果、従来法で感染幼虫期に特異的な発現が観察されたアスタシン様メタロプロテアーゼは大きな遺伝子ファミリーを構成していることが次世代シーケンサによる大規模データから推測され、感染幼虫期のみに発現しているものだけでなく、体内移行期のみに発現しているものや全生活環を通じて発現しているものなど多数あることが明らかとなった。 次世代シーケンサによる大規模シーケンシングでは、約250万のリードから9,843遺伝子がアセンブルされ、発現解析が実施された。興味深いことに、感染幼虫特異的に発現している遺伝子は、上述のメタロプロテアーゼ以外ではアセチルコリンエステラーゼなどがあったが、既知のタンパク質との相同性がないものが多く約半数が機能不明であった。現在のところ感染幼虫の遺伝子ノックダウンには成功していないが、これらの機能不明遺伝子の機能を何らかの手段により明らかにすることが、感染機構の解明に不可欠と考えられる。また、以上の研究過程において、糞線虫類は進化の過程でいったん失ったフェロケラターゼ遺伝子を、細菌からの遺伝子水平転移によって獲得したことを明らかにすることができた。
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