本研究は、胚性幹細胞(ES細胞)の再生/自己複製に必須の分子群が、非再生性臓器である肺ではほとんど発現しない点に着目し、機能解析を基盤とした肺癌特異性の高い腫瘍マーカーを開発することを目的としている。本年度は、1)NanogおよびSALL4に焦点を絞り、その発現様式について症例を増やし検討した。その結果、非癌組織と比べた際の癌組織におけるNanogおよびSALL4 mRNA発現量は検討したうち約90%のサンプルで4倍以上に高まっており、Nanogの平均発現量は500倍、SALL4のそれは50倍程度に及ぶことが明らかとなった。また、個々の症例における発現量分布の違いを反映し、SALL4の診断能はNanogよりも高く、感度85%、特異度95%と、肺癌補助診断マーカーとして優れた性能を有していた。また、興味深いことに肺癌におけるNanogとSALL4の発現量の間に、正の相関関係(rニ0.73)がみられた。マウスES細胞では両分子が互いの遺伝子のプロモーター領域に結合し得ることが報告されており、ヒト癌細胞でも同様の機構が働いていることが推測される。さらに、細胞増殖における重要性について比較すると、Nanog siRNA導入細胞では細胞周期非特異的な増殖停止がみられたが、SALL4については主にG1期における停止が観察され、造血幹細胞で報告があるG1期/S期通過の司令塔としての役割を裏付ける結果となった。すなわち、肺における発癌過程でSALL4がkey factorとなっている可能性が、Nanogについては細胞周期非依存的にSALL4の機能を補佐し互いにフィードバックしている可能性が示唆された。今後、臨床検体における解析を続けるとともに、胚性幹細胞複製分子の癌細胞における発現制御機構の解明も行い、病理診断グレーゾーン検体における補助診断マーカーとしての意義のみならず、スクリーニングマーカーとしての意義を確立していきたい。
|