硫化水素の毒性について、窒息とは異なる直接的な細胞への毒性作用の機序を解明するために、平成20-21年度はラット胎児心筋由来細胞(H9c2 cells)においてH_2Sを誘導する実験を実施してきた。その結果H_2S発生供与体としてNaHSを使用し、NaHSを1~5mMの濃度範囲で観察したところ、3mMから細胞質の萎縮が観察され、5mMでは顕著なアポトーシス様細胞死が確認され、アポトーシス実行分子であるcaspase3が濃度依存的に活性化していることが明らかとなった。従来報告されていなかった心筋細胞における細胞死はH2S暴露後数十時間で効果を示すことから、硫化水素による中毒作用の中では比較的後期に起こる障害と考えられる。平成23年度は組織間におけるH_2S急性中毒の機序・経過の相違を検討するため、ラットII型肺胞上皮細胞由来であるL2cellsを用いた実験を行った。その結果、肺胞上皮細胞においても核の凝集、細胞膜におけるAnnecinVとの反応、CytochromeCの細胞質への漏出から、心筋細胞と同様にアポトーシス様の細胞死が確認された。しかしながら、肺胞上皮細胞ではNaHS2-3mMかつ数十分から細胞毒性が観察され、心筋細胞に比べ反応濃度はより少なく、より短時間で細胞毒性が起こっていることも明らかとなった。これらの結果から硫化水素による細胞毒性は組織間で反応性が大きく異なり、肺胞のように急性期において毒性を示す一方で、心筋のように数十時間後に毒性を示す可能性が示唆され、実際の硫化水素中毒症例においても組織間における障害の違いを考慮することが重要であると考えられる。
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