小細胞肺癌(SCLC)患者組織を用いた検討で、治療前にはほとんど見られないCD9の発現が、再発後の組織では原発巣を含めリンパ節や転移巣でも発現が見られた。多剤耐性SCLC細胞株では普遍的かつ経時的にCD9発現が著明に増強していた。耐性株では細胞外マトリックスの主要構成蛋白であるフィブロネクチンに対するインテグリンを介した接着能が著明に亢進し、Time-lapse video microscopyを用いた解析で、CD9発現多剤耐性株の細胞運動能は、有意に低下していた。ケモカインCXCL12で多剤耐性SCLC細胞株を刺激すると、CD9の転写が抑制され細胞運動能が回復した。以上より、CD9はSCLCの多剤耐性化において近年提唱されている細胞接着誘導抗癌剤耐性(CAM-DR)機序の成立に深く関与していることが示唆された。次に、CD9を標的とした多剤耐性克服治療の可能性をin vitroの系で検討した。siRNAによるノックダウンあるいはモノクローナル抗体により、多剤耐性SCLC細胞で選択的にアポトーシスを誘導することができた。現在、実験的転移マウスモデル(IL-2Rβ抗体処理したスキッドマウスの尾静脈よりSCLC細胞を接種)を用い、小分子CXCR4阻害剤やCD9抗体の単独または併用療法による治療効果をin vivoで検討中である。また、抗体はIgGlクラスで抗体依存性細胞障害(ADCC)活性の誘導が期待され、さらにCD9は腫瘍血管新生にも深く関わっていることが最近明らかになっており、ヌードマウス皮下腫瘍モデルではCD9抗体のADCC活性誘導の有無や腫瘍新生血管阻害効果も合わせて評価中である。さらに、プロテオミクス等の手法でHER2とCD44の発現が抗癌剤感受性株よりも多剤耐性株で増強していることを見出した。HER2はSCLCの予後不良因子であるとの報告もあるが、一般にはSCLCにはほとんど発現がないとされていた。しかし、我々の検討では日本人由来SCLC細胞株で高頻度にHER2の発現が見られ、人種間差ではないかと考えている。HER2チロシンキナーゼ阻害剤lapatinib単独では十分な細胞死を誘導できなかったが、抗癌剤と併用すると耐性株の抗癌剤感受性が回復することが判明した。現時点では、これはlapatinibの薬剤排出ポンプに対する阻害作用に起因するものと考え、そのメカニズムを解析中である。また、HER2に対するモノクローナル抗体trastuzumabを用いたマウスでの治療実験も進行中である。一方抗CD44抗体はvitroで著明な抗腫瘍効果を認めており、これもvivoでの効果を検討中である。
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