我々が維持繁殖しているTHAラットは、母系のWistarラットに比べ、シドマン型電撃回避試験において極めて優れた成績を示す系である。これまでTHAラットは、様々な化学物質の次世代における高次脳機能障害の高感度検出に有効であったが、フェニトロチオン曝露による学習能への影響は認められなかった。一方で、フェニトロチオンは情動性に大きな影響を及ぼすことが明らかとなり、これまで知られていた内分泌撹乱作用のみならず、胎生期曝露が次世代の精神発達に極めて重要な役割を担うことが示唆された。今後THAラットを化学物質の生体影響のスクリーニング動物として用いる場合、その特性を明らかにする必要がある。昨年度慶応義塾大学先端生命科学研究所で海馬、大脳皮質、血清のメタボローム解析を行い、いくつかのTHAラットに特徴的なパターンが見いだされた。今回は、THAとWistarラットの海馬と肝臓における遺伝子発現量の差をマイクロアレイにより解析を行った。THAラットおよび低学習能Wistarラット4匹ずっを学習試験で選抜し、RNAを抽出しマイクロアレイ解析を行った。その結果、遺伝子発現量の差が2倍以上認められるものは61個存在した。有意な発現量を示す遺伝子においてGO Ontology解析を行ったところ、生体防御に関わる遺伝子群の関与が明らかとなった。THAラットとWistarラットの遺伝子発現のパターンは、各群4匹ずつのラット間では差がなく、Wistarとは異なる系が確立されたといえる。興味深いことに、肝臓において発現増加が認められた遺伝子群においても海馬同様、生体防御機構および組織適合抗原に関連するものであった。 現在、二次元電気泳動によるタンパク質分離と高感度ゲル画像解析ソフトとの結果から、発現量に優位性のあるタンパク質を網羅的に検討している。トランスクリプトームとプロテオミクスの手法を用いて、THAの高学習能という表現系において中心的役割を担う遺伝子を探索中である。
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