肝臓は糖・脂質代謝において中心的な役割を果たしている臓器の1つであり、インスリンは肝臓において糖新生を抑制し、脂質合成を促進する。ところが、2型糖尿病の肝臓では糖新生抑制に対してはインスリン作用の低下が認められ、脂肪合成に対してはむしろインスリン作用が亢進している病態が認められるという"インスリン作用におけるpathogenic paradox"が存在することが知られているが、そのメカニズムは十分に解明されていない。そこで私は、肝臓において主要なインスリン受容体基質(IRS)であるIRS-1・IRS-2に着目し、肝臓特異的IRS-1欠損(LIRS1KO)マウスと肝臓特異的IRS-2欠損マウス(LIRS2KO)に高脂肪食を負荷し検討をおこなった。その結果、IRS-1の遺伝子発現はコントロールマウス、LIRS2KOマウスいずれにおいても高脂肪食で変化を認めなかったが、IRS-2の遺伝子発現は、コントロールマウス、LIRS1KOマウスいずれにおいても絶食時、高脂肪食群において約1/3に低下していた。次に糖負荷試験を行ったところ、LIRS1KOマウスでは、コントロールマウスに比し顕著な耐糖能障害が認められたが、LIRS2KOマウスの耐糖能異常はコントロールマウスに比べて軽度であった。さらに脂肪肝について検討したところ、LIRS1KOマウスではコントロールマウスに比し脂肪肝が顕著に抑制されていた。一方、LIRS2KOマウスではコントロールマウスと同様に脂肪肝が認められた。以上の結果から肥満などで惹起されたインスリン抵抗性による、持続する高インスリン血症下では、慢性的にIRS-2の発現が低下し、高血糖・耐糖能異常を呈し、さらなる高インスリン血症を呈し、IRS-1を介したインスリン作用は増強し、脂肪合成が促進され、脂肪肝、高脂血症を呈し、悪循環を形成すると考えられた。
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