成人T細胞白血病(ATL)はヒトT細胞白血病ウイルス1型(HTLV-1)感染を原因とする予後不良のリンパ系悪性腫瘍で、ATL発症の分子機構に基づく新規治療法の開発が切望されている。最近の研究で、マイクロRNAの発現異常と癌の発生・進展との関連が示唆されているが、マイクロRNAの発現制御の分子機構や標的遺伝子に関しては未知の点が多く、ATL発症との関連を検討した報告は無い。我々はこれまでに、HTLV-1感染T細胞株におけるマイクロRNA発現を網羅的に解析した結果、非感染T細胞株と比較して発現に違いのあるマイクロRNAを同定した。本年度は、発現に異常の見られたマイクロRNAのうちmiR-146aに焦点を絞って解析を行った。 1.HTLV-1感染T細胞におけるmiR-146a発現解析:HTLV-1トランスフォームT細胞株5種類、ATL患者由来T細胞株3種類およびHTLV-1非感染T細胞株3種類より15-30塩基の短鎖RNAを含む全RNAを抽出した。ATL患者、HTLV-1キャリアおよび健常人の末梢血単核球からは磁気マイクロビーズを用いてCD4陽性T細胞を分離し全RNAを抽出した。抽出した全RNAを用い定量リアルタイムRT-PCR法でmiR-146aの発現を解析した。2.HTLV-1感染、Taxの発現、病型、予後との相関の解析:定量リアルタイムRT-PCRの結果からmiR-146a発現とHTLV-1感染やTax発現との相関、健常人とのマイクロRNA発現パターンの違いを検討した。1および2の解析の結果、HTLV-1感染やTax発現とmiR-146a発現との間に有意な相関が見られたので、3.HTLV-1感染によるmiR-146a発現誘導機構の解析を行った。(1)TaxによるmiR-146a発現増強効果の検討:JPX-9細胞(メタロチオネインプロモーターの下流にTax cDNAをつないだプラスミドをHTLV-1非感染T細胞株Jurkatに遺伝子導入した細胞株で、培養液中に塩化カドミウムを添加するとTaxの発現が誘導できる)を用いて、Tax発現によりmiR-146a発現が誘導されるかTaqManプローブを用いた定量リアルタイムRT-PCR法で検討した。その結果、Taxによる発現誘導が認められたため、さらに(2)、Taxによる転写因子活性化とmiR-146a発現誘導の関連を検討した。miR-146a発現を制御するプロモーター領域をルシフェラーゼ遺伝子の上流に組み込んだレポータープラスミドを作成して、TaxがmiR-146a遺伝子の転写活性化に及ぼす影響をルシフェラーゼアッセイで検討した。さらに、プロモーター上のNF-kBおよびAP-1転写因子結合部位に部位特異的変異導入法で変異を導入しTaxによるマイクロRNA遺伝子転写活性化への関与を解析した。また、HTLV-1感染および非感染T細胞から核抽出液を調整し、NF-kBおよびAP-1とプロモーター上の転写因子結合部位との結合をゲルシフト法で解析した。その結果、TaxによるmiR-146a遺伝子発現誘導には2カ所のNF-kB結合部位のうち近位のNF-kB結合部位が重要であることが明らかになった。さらに、miR-146aの機能を特異的に阻害するマイクロRNA阻害剤を細胞に導入するとHTLV-1感染細胞特異的に細胞増殖を抑制した。以上の結果から、TaxによってNF-kB依存的に発現が誘導されるmiR-146aはHTLV-1感染細胞の増殖を促進していることが明らかになった。次年度は、miR-155についても同様の解析を行う予定である。
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