交通事故等による外傷性脳損傷、および心血管系の閉塞や破綻に起因する脳虚血・脳梗塞・脳出血は、救急医学において生命維持に関わる代表的な病態である。これらの病態に共通する現象は、「血液還流障害による脳の低酸素ストレス負荷」と総括できる。従来行われてきた脳損傷や虚血モデル研究においては、申請者らも報告してきたように、グリア細胞と神経細胞の動態を別個に扱った研究が大部分であった。しかしながら本来、脳は神経細胞とグリア細胞の密接な連携により機能するもので各々独立した応答を示す訳ではないのは明白であり、脳のストレス応答に関して全体像が見逃されている可能性がある。申請者らは細胞内情報伝達機構に関する基礎研究に従事し、細胞内セカンドメッセンジャーであるジアシルグリセロール(DG)のリン酸化酵素DGキナーゼ(DGK)の分子多様性と生体臓器における遺伝子発現の多様性を明らかにしている。これまで、動物実験からラット脳の「一過性脳虚血・再還流モデル」において、DGKζ(ゼータ)が海馬ニューロンにおいて一過性虚血後に核から細胞質へと移行し、その後アポトーシス様の細胞死に至る現象を発見した。 本研究では、この現象と脳障害ストレスとの関連を追求する目的で、DGKζの新規結合蛋白NAP1およびNAP2を同定し「低酸素脳症モデル」における蛋白間結合を起こるかどうかを検討した。成体雄マウスを低酸素ストレス(酸素濃度4.5~5.0%、6分40秒間)に暴露し、負荷72時間後に免疫沈降実験を行ったところ、細胞質に局在するNAP1とDGKζの結合が増加するが、DGKζとNAP2の結合は変化を示さなかった。以上より、低酸素ストレス下では、NAP1がDGKζの細胞質移行とその後のアポトーシスに関与する可能性が示唆された。
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