交通事故等による外傷性脳損傷、および心血管系の閉塞や破綻に起因する脳虚血・脳梗塞・脳出血は、救急医学において生命維持に関わる代表的な病態である。これらの病態に共通する現象は、「血液還流障害による脳の低酸素ストレス負荷」と総括できるように思われる。従来行われてきた脳損傷や虚血モデル研究においては、グリア細胞と神経細胞の動態を別個に扱った研究が大部分であった。本研究ではこの点に着目し、申請者らがこれまで解析してきた細胞内二次メッセンジャー代謝酵素ジアシルグリセロールキナーゼ(DGK)の動態を指標として、同一モデルによる神経細胞とグリア細胞の経時的動態解析を全体の研究目標に設定した。 本研究ではまず「血液還流障害による脳の低酸素ストレス負荷」の要因解析を行うために、脳スライス標本モデルを用いた実験系を立ち上げ解析を行った。ラット海馬スライスに酸素グルコース欠乏負荷(oxygen-glucose deprivation : OGD)を与え、ζ型DGKの細胞内局在の経時的変化を詳細に検討した。ζ型DGKはこれまでの虚血モデル実験と同様、海馬神経細胞においてOGD負荷20分後から徐々に核外に移行し、その後、酸素グルコースを含む通常培養条件下に戻しても再び核内に戻ることはなかった。一方、OGD負荷10分後ではζ型DGKの核外移行は認められないが、その後、通常培養条件下に戻すと60分後にはζ型DGKが完全に核外へ移行することが明らかとなった。以上より、10分間のOGD負荷により細胞死カスケードが作動し、ζ型DGKの核外移行が誘導される可能性が示唆された。さらにこのζ型DGKの核外移行には、NMDA受容体刺激による細胞外Ca2+の細胞内流入が重要であると考えられた。本研究は、神経細胞のおける虚血ストレス応答メカニズム解明の一助となるものと考えられる。
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