口腔癌におけるケラチン発現異常の原因を探索するため、上皮細胞の分化を制御すると考えられている種々の調節蛋白の発現を、口腔癌で免疫組織学的に検索しケラチンの発現と比較解析した。標本はホルマリン固定・パラフィン包埋された口腔粘膜の白板症、扁平上皮癌合計50症例を用いた。通法に従い4μmの厚さの組織切片を作成した後、様々な因子に対する抗体を用いて免疫染色を行った。抗原賦活化処理としてオートクレーブによる熱処理を行った。発色基質はDABを用いた。染色結果は、正常上皮と病変部の染色強度を比較して評価した。その結果、特にNotch1蛋白の発現が病変部で特異的に変化していた。そこでNotch1について詳しく解析を進めた。上皮異形成、扁平上皮癌ともに病変部でNotch1の発現が著明に減弱していた。Notch1の発現の減弱部位はケラチン13の発現の減弱部位とほぼ一致していた。次に新生児包皮に由来するヒト表皮初代培養細胞(クラボウ)を用いた実験を行った。Notch1は細胞膜に強い発現が認められた。siRNAを用いヒト表皮初代培養細胞でNotch1をノックダウンすると、ケラチンサブタイプの発現の変化が見られた。これらの結果から、Notch1が扁平上皮細胞の分化の調節に重要な役割を果たし、口腔扁平上皮癌や上皮異形成の病態に関係している可能性が示唆された。この知見は、口腔癌の病態の理解に重要であるのみでなく、口腔癌の治療法開発への応用のための基礎知識となる点からも重要である。
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