痛みに伴う負の情動反応が痛みの難治化に関与しているとの考え、本研究を企画した。そこで情動の中枢として海馬を選び、歯痛のモデルは歯髄の電気刺激とし、歯痛による海馬内の生理活性物質の動態について調べた。雄性ラットの歯髄に、海馬血流増加反応を生じる閾値の5倍の電気刺激を10分間与え、刺激後60分の脳髄液を採取し、高速液体クロマトグラフィーを用いてアデノシン分析を行った結果では、特別な動態変化を認めなかった。2009年に我々は、歯髄刺激による海馬血流増加反応にアデノシンが関わっていることを確認している。すなわち、マイクロダイアリシスの時間分析能における限界を考慮すると、歯髄刺激時に遊離する海馬内アデノシンが微量であるか、遊離ピークが短時間であることが考えられた。そこで、ATPセンサーを用いて歯髄刺激時の海馬内ATPのリアルタイム測定を行っているが、現在までATPの遊離を示すデータも得ているものの、確定的なデータ採取には至っていない。引き続き研究を進める予定である。 次に、歯髄刺激時の血中ストレスホルモン分析を行った。雄性ラットに、海馬血流増加反応を示す閾値の5倍の歯髄刺激を10分間与えた時の、血中カテコールアミンとコルチコステロンの濃度測定を行った。 その結果、歯髄刺激は、手術等による血中ドーパミンおよびアドレナリンの増加をむしろ抑制し、コルチコステロンの増加も抑制した。このことは、歯髄痛が歯痛と言う苦痛を与えるとともに、歯痛の加わり方によってはストレスに対して抑制的に働くことを示し、同時に、歯痛の特殊性を示すものである。本年度に得られた研究結果は、歯痛に対する情動反応の多様性を明らかにし、今後の研究の命題に、負の情動に快の情動反応の視点も加味することで、歯痛の情動記憶メカニズム解明の方向性への示唆が得られたものと考える。
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