研究概要 |
加齢に伴う舌運動機能の低下・異常が咀嚼嚥下に障害を招くことが報告されているにも関わらず,高齢者の咀嚼時における舌運動様相についての報告は殆ど行われていない。本研究は,高齢者における咀嚼時の舌の機能発現様相を明らかにし,増加している高齢者の摂食障害に対する予防と改善に有用な情報を提供することを目的に行った。 日本大学歯学部倫理委員会の承認(許可番号:倫許2004-21)を得た後,本学部付属歯科病院に来院した患者の中で,咀嚼・嚥下機能に自覚的・他覚的に異常を認めない65歳以上の高齢有歯顎者15名(平均年齢69.2±6.6歳)を対象として,咀嚼開始から嚥下前までの口蓋に対する舌接触圧様相を実験的口蓋床に設置した圧力センサを用いて検討した。 咀嚼期における最大舌接触圧,舌接触時間,舌接触圧積分値の解析結果は,全咀嚼期で口蓋正中部に対し口蓋斜面部で有意に大きい値を認めた(p<0.05)。本研究の結果は,本研究と同様の手法にて若年者について検討を行った成田の報告と一致していた。しかし,本研究の結果と成田の舌接触時間を比較すると,口蓋前方斜面部で約2倍,口蓋後方斜面部で約1.5倍の延長が認められた。このことから,舌接触時間の延長が若年者と同様の優位性発現に大きく関与したと考えられた。 一方,高齢有歯顎者における最大随意咬みしめと最大随意舌圧との間には,正の相関が認められた。このことは,咬合力が加齢と伴に低下することが周知の事実であることから,舌自体が持つ筋力が加齢により低下していることを意味している。 これらの結果から,阻嚼時には加齢に伴って低下した舌の機能力を,舌を口蓋に押しつける時間を延長することで補償し,咀嚼機能の円滑な遂行を果たしていることが判明し,舌のエクササイズを行って舌自体の筋力向上を図ることが有用であることが示唆された。
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