三叉神経痛の神経ブロック療法に従来99%アルコールが用いられてきたが、副作用のために高濃度局所麻酔薬が用いられる。しかし、この効果を裏付ける基礎的研究はほとんどされていない。そこで本研究は、平成21年度に無水アルコールと5%リドカインによる神経障害の組織的変化の相違を明らかにしたが、平成22年度では、これらのブロックによる神経組織の回復過程を明らかにした。さらに、これらの神経回復過程において栄養血管の再生は必須であり、神経再生に先立って起こるものであると推測できるが、その詳細に関する報告はおろか知覚神経の末梢部における血管分布に関する報告は健常なものさえみられない。そこで平成23年度は、マウス眼窩下神経の眼窩下孔から出現した末梢部の眼窩下神経の健常な血管分布について検討した。 その結果、アルコール群では注入直後より3ヶ月後に至るまで殆どの神経線維が破壊され、ブロック効果が持続していることが推測されたが、やがて細い線維から増加し、次いで太い線維も出現して6ヵ月後にはほぼ正常まで回復した。一方、リドカイン群では1日目に殆どの神経線維が破壊されたが、3日目にはすでに細い線維が出現し、6ヵ月目まで順次太い神経線維が増えた。しかし、6ヵ月後でも5%ほどの神経線維が破壊されたままであった。 また眼窩下孔付近の健常な眼窩下神経は神経周膜に囲まれた約100μm×30μmの神経束となった。血管は各髄鞘のなかに1~2本存在し、周膜内には太さ10μm~30μmである血管が約30本程度存在した。髄鞘内は径約10μmの血管が神経線維と平行に走行していた。一方、髄鞘周囲の血管は多数の分岐を認め、太さは径約10μmのものが大多数を占めていた。 以上の結果より、高濃度局所麻酔薬による神経ブロックは、アルコールによるものとは異なった神経の形態学的変化を生じ、神経ブロックの持続期間もアルコールより長いことが示唆された。神経ブロックの作用は、薬液による注入圧や浸透圧には影響されないことも示唆された。さらに、神経ブロック後に細い神経線維が増えることから、細い神経線維が障害後の再生に関与することが示唆され、太い神経線維との密度比が知覚機能の再生と関係があることも推測された。また、眼窩下孔から出て分岐していく神経束のそれぞれに血管が必ず一本入っていることが明らかとなったが、神経再生時、血管があとから入り込むことは考えられず、血管の伸長が先または神経の伸長と同時に、神経断端から血管も発芽し成長していくのではないかと考えられた。血管拡張作用を有する薬剤の投与が神経組織の修復・再生を促すことが示唆されているが、これは神経周囲の血流が神経再生に重要であるということに他ならない。
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