本研究の目的は、わが国の歯科領域の医事訴訟判例を対象として、1)歯科医師の法的責任に関連する要因、特にコミュニケーション要因を特定すること、2)他の診療科と比較検討し、歯科領域の医事訴訟の特徴を明らかにすること、である。これまでの研究により医事紛争に至る最大の要因は、医療の質ではなく医療コミュニケーションであること、診療科によって医事紛争の原因が異なることが明らかになっている。欧米ではこの分野における知見は蓄積されつつある。しかし、我が国の歯科領域では医事訴訟が増加傾向にあるが、実証的研究はほとんど見られず、その要因について十分な検討は行われていない。 平成23年度は、前年度までに歯科医師の法的責任に関連すると考えられる要因を変数として設定し、それを基に各判例をコード化し、全判決から成るデータベースを構築した。 データベースについて分析を行った結果、わが国における歯科医事訴訟において、以下の点が明らかとなった。 1)近年の歯科医事判例は、以前の判例と比較して、説明義務違反が認定されている割合が、有意に高かった。 2)近年の歯科医事判例では、障害の程度が永久的である割合が以前のものと比較して、高い割合であったが、判決への影響は認められなかった。 3)歯科医療保険の種類と、歯科医師の不誠実な態度は判決に影響していた。 4)近年の歯科医事訴訟判例では、患者が女性である割合が、以前のものと比較して有意に高かった。 このような違いを歯科医師が認識することは、医事訴訟の防止や患者満足度向上のために非常に有益であると考えられる。
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