本研究は、産科医療における危機的状況を打開する新たな方略として、出産に対するイメージ形成と医療・社会システムの関連性を、言説分析アプローチを用いて明らかにすることを目的とするものである。本年度は、文献調査と聞き取り調査の結果を統合的に解釈して、広範な社会的文脈における出産に対するイメージとその形成過程を分析し、体系づけることを目的に実施した。 文献調査と聞き取り調査の結果から、戦後60年間に生じた出産を取り巻く社会状況と医療環境の変化が明確化されたとともに、出産のイメージに影響を及ぼしている以下の6つの言説が浮かび上がった:《言説1》作られる「自然」-医療介入が出産を危険から守る、《言説2》女性の中に眠る「自然」-成せばなる、成さねばならぬ自然性、《言説3》不安の再生産装置としての出産、《言説4》天為としての「自然」、《言説5》職種間葛藤の裏舞台、《言説6》人々の間で育まれる「自然」-信頼関係で切り抜ける。 本研究を通じて、出産のイメージが様々な言説の組み合わせから形成されており、それらの言説には日本の政治経済的・人口動態的な動向と、医療をめぐるさまざまな価値観のせめぎあいが反映されていることがうかがえた。出産は病気ではなく人間として自然な営みであるといわれるが、出産年齢の高齢化や医療技術の高度化が進む現代において出産の「自然性」のとらえ方に大きな変化がみられている。産科医療の提供者と消費者の双方が出産の「自然性」について語り合い出産イメージの相互理解を深めて、出産の安全を形成していくことが望まれる。
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