生体分子、分散ロボット、Cyber-Physical System、人間社会など様々な分散システムに係わる多くの問題から領域固有の問題を捨象し、内包する分散計算構造に着目することで、巨大分散システムを分散計算という観点から統一的に議論するための理論を構築することが本研究の主目的であった。 本年度の主要な研究対象は記憶である。具体的には、生体分子といった記憶を持たないエージェントから構成される生体システムが、巨大な記憶を持つ計算機から構成される計算機ネットワークで実現が困難な自律性を易々と獲得している理由に迫ろうとした。具体的には以下の事実を証明した。分散ロボットモデルを用いて、分散ロボットの自己安定的で自己組織化が記憶なしで実現できることを、我々は、比較的強く同期的に動作するシステムに対して昨年度に証明していた。本年度は、同じ事実が、完全な非同期システムに対しても成立することを証明した。また、生体分子あるいはセンサーネットワークのモデルであるMediated population Protocolについて、自己安定的なリーダ選挙にはエージェント数の対数に比例するビット数の記憶が必要であることを示した。ざっくりと言うと、リーダ選挙はn台のロボットを1台とn-1台に分離するようなパターンに並べる(すなわち自己組織化)する問題であるから、ロボットモデルとMediated Population Protocolモデルの差、すなわちエージェントの持つ視野の差が自律性を獲得するために必要な記億量に現れていると考えられる。従来から、計算理論では時間と空間(記憶量)を基本的資源とみなしてきた。しかし、我々の得た結果は分散システムの空間資源を再定義の必要性を示唆している。現在、新しい空間量の定義に基づく理論体系の構築を行いつつある。
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