哺乳類の成体脳では、海馬歯状回などの限られた領域において神経が継続的に産生されている。しかし、この成体ニューロン新生と呼ばれる現象の生理的役割は未だ謎に包まれている。これまでに私共は、マウスの海馬歯状回において、神経前駆細胞の分裂およびニューロン新生が昼に減衰し、夜に亢進するという日内変動を示すことを見出している。そこで生体内に存在する概日時計が海馬ニューロン新生の時刻依存性を生み出していることを明らかにするため、概日時計機能が異常を示すClock変異マウスを入手した。このClock変異マウスを明期12時間・暗期12時間の明暗サイクル下で飼育し、様々な時刻において脳を単離して海馬歯状回におけるM期細胞数(リン酸化ヒストンH3陽性細胞)の時刻依存的な変化の有無を調べた結果、野生型マウスで観察できるM期細胞数の時刻依存的な変化が観察できなかった。このことから、海馬ニューロン新生の日内変動は概日時計によって駆動されていることが示せた。また、このClock変異マウスは躁状態様の表現型を示すことから、ニューロン新生リズムと気分障害の連関が示唆できた。さらに興味深いことに、Clock変異マウスに養育された野生型マウスにおいて、海馬のニューロン新生のリズムが消失することを見出した。このマウスの情動をオープンフィールド解析、エレベーティッド十字迷路解析、および強制スイミング解析などの行動解析実験によって調べたところ、このマウスは欝状態様の表現型を示すことが判明した。このことから、海馬のニューロン新生のリズムは情動の安定化と密接に連関することが推察できた。
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