18世紀ヨーロッパから現代の日本にいたる石膏像の受容史を調査することで、西洋近代の古典概念や美術教育の方法が、いかに近現代の日本に普及し、かつ変容を遂げたか、他の東アジア各国、アメリカ合衆国の事例にも触れつつ、分析した。確認されたのは、石膏像が専らデッサンの対象として利用された日本においては、図像学的に曖昧な像が普及し、また、様式的に自由な石膏デッサンが繰り広げられたという事実である。このことは規範的な古典主義からの逸脱ではあるが、一方で、東アジア地域通有の文化受容のプロセスとして歴史的に評価されるべきである。
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