平成23年度は、昨年度までに高野山の実地で調査収集した大曼茶羅供等の音源の分析、および近代の南山進流声明の大家である岩原諦信(1883-1965)の演唱の分析を、録音資料と本人著『南山進流声明五線譜』を照合させつつ行った。また補足調査として、南山進流とは異なる真言声明の伝承を伝えている智山派の声明の録音調査も合わせて行った。その他、関連する音律理論関係書の収集と分析もあわせてすすめた。これらを踏まえた上で、江戸期の天野社舞楽曼茶羅供の復元にあたって音楽上もっとも問題になる雅楽曲の「慶雲楽」と南山進流声明の「散花」、雅楽曲の「裏頭楽」と南山進流声明の「合殺」の共奏の部分の考察を行った。両曲め現行伝承の種々の音源を重ねたり、共奏を試みた実唱の分析を行ってみると、そのままの状態では調和しがたいことは当初の予想通りであった。現在の南山進流声明の伝承では、雅楽の音律に合わせて実唱を行う慣習がないため、部分的に調和点力曵得られても持続することが難しい。また録音資料を用いて機械上で音律を上下させて調和点をさぐることも可能ではあるが、全曲のレベルとなると必ずしも十分な結果を得るには至らなかった。しかし「散花」に関しては、理論書や楽譜の分析、現行の智山派の声明の分析などを総合すると、現在の南山進流の伝承は、天野社舞楽曼茶羅供に三方楽所の伶人が関与するようになった江戸時代初期より音律が下がってしまっている可能性が強いことが考えられた。一方、雅楽の音律は別途に行った江戸時代の律管の調査により、大きな変化は見出せないことが判明しているので、この点を足がかりにして器楽から離れた声の音楽の伝承において旋律がいかに変化するか、モデルを提示すべく今後に継続して課題に取り組む。
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