初年度は、19世紀末から20世紀初頭にかけての「古聖像の発見」に関連する諸事象の分析を行なった。初年度に実施した研究の成果の具体的な内容は以下の通りである。 1.トレチヤコーフ、シチューキン、ロジンスキイ、リハチョーフといった画商、蒐集家、芸術のパトロン、古美術商の業績について調査を行ない、聖像が「交換や蒐集の対象」となる諸相について分析を行なった。 2.聖像の修復を行なった修復家の業績に関する文献資料を収集し、コンダコーフ、グラバーリら、美術史学者の業績について調査を行ない、聖像が分類や修復の過程を経て「学術的評価の対象」となる諸相について分析した。 3.考古学会主催による中世美術展の開催状況、中世美術展をめぐるエヴゲーニイ・トルベツコーイら、内外の反響等に関する文献調査を通じて、聖像が展示物となって「博覧の対象」となる諸相について分析を行なった。 これらの諸相は「古聖像の発見」という一連の事象を成立させているロシアの新しい精神文化の文脈と深く結びついている。古聖像がこうした20世紀初頭のロシアの精神文化のなかで再解釈され、新たな価値が付与されている過程をたどり、その文化的意義について考察を加えたことが初年度の研究の意義である。 また、初年度にはモスクワへの調査旅行を実施し、コンダコーフを始めとする当時の聖像研究、古聖像関連文献の資料収集を行なったほか、次年度の研究内容として計画されている聖像が「芸術創造の対象」となる過程、ロシア革命後の教会閉鎖と美術館開設を通じて「文化財の対象」となる過程に関連する調査および文献収集も行なった。
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