本研究は、国際法理論と環境条約交渉のインターフェイスを分析することを通じて、形成途上にある条約制度がそれを基礎づけ枠づける(はずの)国際法の理論的支柱とどのように関連づけられて交渉されたのか(されなかったのか)を、動態的に解明することを目的とする。そのため、本年度は、昨年度に続き、主に国際法上の「責任liability」概念が問題となっているカルタヘナ議定書の「責任と救済」制度の設立交渉及び最終的な条約としての採択過程を分析し、「liability」概念の転回過程を跡づけた。具体的には、2010年6月に開催された「責任と救済」共同議長フレンズ第3回会合、10月同第4回会合、そして名古屋で開催されたカルタヘナ議定書第5回締約国会合に、本研究代表者が国際法研究者兼日本政府交渉担当官として参加し、将に「学者外交官」として自ら国際法理論に基礎づけられた主張を展開し、それが成果物である条約にどこまで及びどのような形で反映されたかを考察した。 その結果、第1に、国際法理論上もその「限界」が指摘されていた、環境損害に対する民事責任(civil liability)アプローチをこの新条約は実質的に回避し、代わって、責任に対する新たなアプローチとして理論上も注目されていたいわゆる行政的アプローチを採用したことがわかった。第2に、他方で、環境責任に関する行政的アプローチの理論的考察が未だ不十分であることにより、「新奇」なアプローチを採用することに交渉国が慎重となり、故に、当該アプローチの国内的実施方法については大幅な裁量を締約国に認める条約制度になったことがわかった。この結果は、環境条約交渉においてもliabilityに関する国際法の一般理論の動向が顧慮されており、実効的な環境条約制度設立に果たす国際法理論の重要性を示唆する。 以上の研究成果を、一連の論文として公表することができた。
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