本研究は、すべての分子の励起三重項(S=1)及び励起多重項(S>1)状態のESR(電子スピン共鳴)スペクトルを、常温溶液中で観測するというESRの常識を覆す研究である。これにより、溶液中の励起状態の電子構造が解明され、光反応開始励起状態の電子状態と光反応メカニズムの相関が直接議論できる。さらに、高周波ESRを用いて研究対象を金属錯体へと拡張する。 このような目的のもとに研究を展開して、以下のような成果が得られた。 1)まず溶媒の開発を行った。これまでにほとんど使われたことのないSH200というシリコンオイル系の溶媒を見つけて、トルエンとの混合で10桁も異なる粘度を実現できることを確認した。ただ、大きな分子に対する溶解度の低いことが問題であり、この溶媒に溶ける分子の探索が必要である。 2)もう一種類の溶媒として、流動パラフィンとトルエンの混合溶媒を見出した。この系では、2つの溶媒の混合比により、1-180cP(センチポイズ)の範囲の任意の粘度を実現することができる。この溶媒は、1)とは異なり、多くの分子を溶解するので、これを用いた応用研究を行った。 3)亜鉛ポルフィリンはトルエン中の温度変化の実験があり、スペクトルから容易に粘度変化を推定できる。その結果、混合比を選ぶことにより任意の粘度が実現できることがわかり、解析が待たれる。 4)フラーレン励起三重項におけるESR信号の粘度変化を定量的に観測した。解析から、スピン格子緩和・スピンスピン緩和時間、三重項寿命に対する粘度変化が求められ、この励起状態の溶液中のダイナミクスには、実際の回転だけでなく、高対称分子に特有な擬回転が重要であることがわかった。
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