本研究では、環境変化に応答して有性生殖と単為生殖を使い分けるミジンコ(Daphnia pulex)を材料に、それぞれの生殖様式の細胞学的機構を明らかにし、このシステムがどのように進化してきたかについての知見を得ることを目指し、ミジンコの単為生殖では「減数しない減数分裂」により2倍体となった卵が発生を開始することを世界で初めて明らかにできた。そこでは第1減数分裂前期に、相同染色体の対合が起こった後、対合した相同染色体が赤道面に並び分裂中期となり、両極へと分かれ始めるが後期の早い時期に分裂が停止後、分かれかけた染色体は赤道面に戻って並び直し、第2減数分裂に相当する分裂を行い単為発生が開始される。つまり、減数分裂過程において第1分裂に相当する分裂がスキップされることで単為発生が保証されている。これが起こる機構を探るために紡錘糸を構成するαチューブリン、中心体を構成するγチューブリンの免疫組織化学染色を行った結果、単為発生する卵では中心体のない樽型の紡錘体が観察された。さらにγチューブリンは中心体があるはずの両極ではなく紡錘糸上の両極側に広く分布していた。単為発生卵でも卵割が開始すると中心体のある紡錘型の紡錘体が見られるようになるため、それまでの間に中心体が精子が持ち込むことなく再生されることになる。これらの結果をふまえて作業仮説を構築した。成熟した卵は、第1減数分裂中期で受精を待っており、受精が起こらないと第1減数分裂を途中で停止し第2減数分裂に相当する分裂を行い、単為発生過程にはいる。それに対して、受精が起こると減数分裂が進行して、1倍体の卵と1倍体の精子が融合して2倍体となって発生する。つまり、ミジンコでは減数分裂の進行と停止が受精の成否で切り換わり、受精の有無に応じて中心体が再生するかしないかもコントロールされる、極めて合理的なシステムが進化していると考えられる。
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