本研究は、棘皮動物ヒトデにおいて、個体発生の過程で免疫系が「個体性」をどのように確立していくかを解析するための研究基盤の確立を目指すものである。本研究によって、幼生の免疫細胞である間充織細胞が例え精子であっても生きた同種細胞であれば免疫応答を示さないのに対し、成体の免疫細胞である体腔細胞は、同種異個体を識別出来る能力を携えていることを明らかにした。この事実は、無脊椎動物において、幼生から成体へ変態する過程で自己非自己認識システムが変化していることを示した初の知見である。両者の発現遺伝子を網羅的に比較解析した結果、体腔細胞で特異的に発現している免疫関連遺伝子として数種の抗菌ペプチドやレクチンを同定した。間充織細胞では既知の免疫関連遺伝子は見いだせなかったものの、特異的に発現する機能未知遺伝子を数種同定した。しかしながら、各細胞腫で特異的に発現する免疫関連遺伝子は予想に反して非常に少なく、サイトカインやパターン認識分子の大部分が間充織細胞及び体腔細胞で共通に発現していると考えられる。一方で、興味深いことに、これら共通遺伝子の中にも認識システムの変化を示唆する遺伝子が存在することが明らかとなった。共通遺伝子の一つであるApSRCR1の機能解析から、ApSRCR1タンパク質が両細胞種において共にバクテリアに対するオプソニンとして機能していることを明らかにしたが、このタンパク質に対する糖鎖修飾の程度には両細胞種間で差がある上、バクテリアの貧食に対する機能阻害効果も間充織細胞で60%程度、体腔細胞では100%と明らかな差が認められた。幼生と成体の免疫系における自己非自己認識システムの差が、変態の前後での発現遺伝子の劇的な変化ではなく共通遺伝子の翻訳後修飾や作用能の変化に裏打ちされている可能性が示唆され、免疫系の個体発生において新たな生命現象の発見につながる発展性が期待される。
|