カイコの突然変異体「黄体色」(lemon)は、幼虫の皮膚にキサントプテリンが高濃度に蓄積し、全身が黄色く見える突然変異である。私たちは、この突然変異の原因がセピアプテリン還元酵素(Sepiapterin reductase ; SPR)の遺伝子の構造に異常が起きた結果、SPRの酵素活性が低下するためであることを明らかにしてきた。SPRは、チロシン水酸化酵素などの補酵素として使われるテトラヒドロビオブテリン(BH4)を合成する酵素である。ヒトや哺乳類では、SPRが欠損すると、BH4の不足とドーパミンやセロトニンの不足を招き、発達障害や運動障害などの重篤な症状を引き起こす。一方、lem変異体はカイコの発育には目立った異常を示さないため、遺伝的マーカーとして広く使われている。本研究では、農業生物資源研究所との共同研究で、lemホモ個体にSPR遺伝子を強制発現させるトランスジェニックカイコを作出した。その結果、黄体色の形質が消失して正常な白色の体色が現れることが判明した。このレスキューが可能であることは、SPR遺伝子がカイコのトランスジェニック操作におけるマーカー遺伝子として有用であることを示唆している。黄体色形質は2齢から3齢という若齢で判別可能であるので、早期の識別に適している.私たちがすでに原因遺伝子を突き止め、かつトランスジェニック操作で形質をレスキューできることを示したd油(od)や赤蟻(ch)なども、同様に若齢で判別可能であり、実験目的に合わせて多様なマーカーとして利用できる。
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