本年度は、イソチオシアネート[(昨年度の研究で最も植物への影響が強かったフェネチルイソチオシアネート(PEITC)を使用]をシロイヌナズナへ投与した際の応答を、研究計画に則して詳細に調査した。動物細胞にイソチオシアネートを投与すると、グルタチオン(GSH)含量が一過的に減少する事が知られている。シロイヌナズナでは、動物と同様、2~5mM PEITC処理によって、1時間以内にGSHが枯渇し、5時間以内に回復し、その後、それまでのGSH濃度よりも高まることが分かった。このGSHの枯渇と同時に、PEITCとGSHとの結合体が生じるが、結合体は、12時間ほどすると消失することが判明した。PEITCとGSHとの結合反応は、触媒を要せずに反応することが知られているが、動物細胞の場合、本結合反応を、グルタチオンS-トランスフェラーゼ(GST)が促進する、という報告がある。そこで、シロイヌナズナの粗GST画分の調製を試みた。シロイヌナズナから可溶性タンパク質を得、GSHカラムによって、粗GST画分を得た。二次元電気泳動により、主なタンパク質シグナルを5種類分離し、マススペクトラムによって同定したところ、いずれもシロイヌナズナのGSTであることが判明した。PEITCの投与は、GSTタンパク質の種類と量に大きな影響を与えなかった。昨年度、PEITCによって、数種類のGST遺伝子の発現が高まったことを報告したが、その遺伝子発現の向上が、GSTタンパク質量の増加につながらない、という結果となった。さらに、PEITCとGSHとの結合反応は、試験管内で容易に再現でき、中性pH条件で、30分以内で完結することが判明した。この反応液中に、上述したシロイヌナズナの粗GSTを投与したが、非投与時と比べて反応性に違いはなく、PEITCとGSHとの結合反応は、植物体内で非酵素的に進む可能性が示唆された。これら一連の成果は、植物のイソチオシアネートに対する初期応答を解明し、動物における応答と異なる点をあぶりだずことにつながった。
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