ケミカルバイオロジーの基本的手法であるケミカルジェネティクスは「蛋白質すべてに特異的な阻害剤が存在する」という概念を根幹に据えて展開している。しかし酵素などの基質認識をする一部の蛋白質を除くと、蛋白質のほとんどには小分子化合物が結合するに適したポケットは有しておらず、特異的阻害剤は期待できない。しかしそのような蛋白質もそのほとんどは複合体で活性を示すことを考えると、複合体形成を妨げることで阻害効果を得ることは可能だと考えられる。このような考え方は以前からあったものの、実際に蛋白質-蛋白質相互作用を阻害するような小分子化合物は若干の例外を除くとほとんど報告が無い。この理由として、1)蛋白質同士の会合面はポケット構造などの特徴が乏しいため、小分子阻害剤が結合しにくく、2)蛋白質同士は広い会合面積で結合エネルギーを稼ぐため、狭い結合面積しか持たない小分子阻害剤はエネルギー的に不利である、などが挙げられている。しかしながら我々が解析を進めている化合物は、分子量600以下の小分子であるにも関わらず、アクチンとアクチン結合蛋白質との結合を阻害することを見出した。このことは小分子化合物が蛋白質-蛋白質相互作用を阻害でき、そのメカニズムに興味が持たれる。今年度は先にビオチン化物を用いて結合蛋白質として単離したアクチン結合蛋白質との結合を検証した。しかしながら得られたアクチン結合蛋白質と化合物との直接薬剤との結合が見られず、代わって単量体G-アクチンとの結合がカロリメトリーITCにより確認された。さらにこの化合物は、単量体G-アクチンと結合するものの、他のアクチン阻害剤とは異なりF-アクチンへの重合にほとんど影響を与えず、電子顕微鏡レベルで正常なアクチン繊維を形成することを確認した。現在、F-アクチンとの結合を検討しているところである。
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