本年度の研究では、末梢性侵害受容器としての分子基盤の一つとして着目されている冷感受性イオンチャネルであるTransient Receptor PotentialA1(TRPA1)に対して、炎症時に産生が増大することが知られている生体内ガスメッセンジャー(硫化水素H2S)の効果を調べ、以下の成績を得ることが出来た。実験動物として野生型マウス及び遺伝子欠損マウスを用いた。RT-PCR法により痛みを受容する知覚神経細胞にH2S産生酵素が発現していることが分かった。H2Sは知覚神経細胞のうち、TRPA1作動薬に反応性を示した細胞において、細胞内Ca増加反応を引き起こした。また、H2SによるCa増加反応はTRPA1チャネル阻害薬により特異的に抑制された。更に、TRPA1チャネル欠損マウスから分離した知覚神経細胞では、H2Sによる反応は消失していた。マウスTRPA1遺伝子を発現させたHEK293細胞において、H2S素は細胞内Ca増加反応を引き起こしたが、マウスTRPV1発現細胞では生じなかった。マウスTRPA1遺伝子ミュータントチャネルを用いた解析から、H2SはTRPA1チャネルの細胞内N末端ドメインに作用することが分かった。H2Sの足底投与により、野生型及びTRPV1欠損マウスでは疼痛反応を引き起こしたが、TRPA1欠損マウスではその反応は著しく減弱していた。本研究の結果、H2Sは炎症性疼痛の発生機構の一因になると考えられるため、その産生機構と活性制御が疼痛管理における新しい治療ターゲットとして重要であることが示唆された。
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