本研究では、新たなシグナル伝達経路である「細胞内糖鎖シグナル」の解明に向け、DNA損傷ストレスによる情報伝達因子の活性化とタンパク質のN-アセチルグルコサミン修飾(O-GlcNAc化)の変動を調べる。本年度は、Ataxia-telangiectasia mutated(ATM)などのDNA損傷のセンサー分子とその下流の情報伝達因子活性化における、タンパク質のO-GlcNAc化を介した制御メカニズムを明らかにすることを目指した。そこでリン酸化修飾によるシグナル伝達と糖修飾によるシグナル伝達の相互制御のシステムについて、ATMの活性化に関与する種々のタンパク質との相互作用が、O-GlcNAcによる制御を受けるかどうか検討した。X線照射したHeLa細胞の核画分についてATMの抗体を用いて免疫沈降を行い、ATMの活性化に関与することが知られているMre11、Rad50、Tip60、PP2AとATMとの相互作用をウェスタンブロットと特異的な抗体により調べた。O-GlcNAc修飾を脱離させるN-アセチルグルコサミニダーゼの特異的な阻害剤(PUGNAc)添加によるO-GlcNAc化タンパク質増加の影響について検討したところ、Mre11、Rad50、Tip60については、PUGNAc添加によるATMとの相互作用に大きな影響は認められなかった。しかしながら、PP2AとATMとの相互作用はPUGNAc添加により阻害され、ATMの活性化においてO-GlcNAc修飾がPP2Aとの相互作用に関与していることが明らかになった。PP2Aはフォスタファーゼであり、ATMのリン酸化レベルを制御すると考えられる。実際PUGNAc添加によりATMの活性化、すなわちリン酸化レベルが高まった。以上の結果、DNA損傷のセンサーであるATMの活性制御にタンパク質のO-GlcNAc化が関与する可能性が示唆された。細胞内シグナル伝達において、リン酸化とO-GlcNAc化のクロストークが重要な役割を果たしていることが明らかになった。
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