研究概要 |
精神疾患は,遣伝的要因と環境要因が複雑に関与する多因子疾患であると考えられているが,環境要因の発症分子機序への影響については未だ明らかでない.申請者らは,統合失調症のリスク遣伝子の1つである下垂体アデニル酸シクラーゼ活性化ポリペプチド(PACAP)遺伝子を欠損させた(PACAP-KO)マウスが異常行動を示すこと,本異常行動が幼若期の環境により修飾されること,すなわち,精神疾患発症における環境要因の関与を動物レベルで実証した.また,本マウスの認知機能障害に対する環境要因の影響が持続的であることを認めた.これらの知見を踏まえて,本申請課題では,PACAP-KOマウスの異常行動を指標に,環境要因が情動行動変化をもたらす分子基盤を「エピジェネティクス」という新たな観点から追究する研究計画を立案した.平成21年度は,まずエピジェネティックな発現制御が知られる脳由来神経栄養因子(BDNF)に着目して解析を行なった.玩具等を設置した豊かな環境下でマウスを飼育すると,脳海馬領域においてBDNF発現が増加することを認めた.しかしながら,この現象は,野生型およびPACAP-KOマウスともに見られ,また,幼若期および成熟後いずれの豊かな環境飼育でも認められ,PACAP-KOマウスの異常行動改善に関わる分子機序を充分に説明するものではなかった(Ishihama et al., 2010).一方,予備的検討として,ヒストン脱アセチル化作用によりエピジェネティックな遺伝子発現制御が報告されているバルプロ酸を胎児期に曝露したマウスを作製し,生育後の行動変化を解析したところ,不安様行動の増強と認知機能障害を認めた.次年度は,胎児期バルプロ酸曝露マウスも含めて,精神疾患発症におけるエピジェネティクスの役割を追究する予定である.
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