本研究はこれまでに蓄積された遺伝学的知見をもとに、質量分析装置を用いて膵消化酵素や酵素阻害蛋白の変異蛋白を検出しようとするものである。膵分泌性トリプシンインヒビターの遺伝子変異は日本人の特発性慢性膵炎患者の27%に認められ、主要な膵炎関連遺伝子である。またアニオニックトリプシノーゲン遺伝子のp.G191R多型は、慢性膵炎患者とアルコール性急性膵炎患者で健常者より低頻度であり、膵炎に対し保護的に作用している。膵疾患患者の膵液各8ulをSDS-PAGEで分離した。ゲル内消化後、MALDI-TOF-MS(マトリックス支援レーザー脱離イオン化飛行時間質量分析)により解析した。その結果エラスターゼ、カルボキシペプチダーゼA1、カルボキシペプチダーゼB、アニオニックトリプシノーゲンなどの膵消化酵素を同定した。アニオニックトリプシノーゲンでは191番目のアミノ酸であるグリシンを含むペプチド断片を同定し、p.G191R多型を検出できる可能性が示された。しかし採集した膵液60検体中にG191R多型保有者は含まれていなかった。またnanoLC/esi-MS/MS(ナノスケール液体クロマトグラフィー/エレクトロスプレーイオン化タンデム質量分析計)で膵液を分析した。その結果、膵分泌性トリプシンインヒビターを含む酵素阻害蛋白や12種類の膵消化酵素など計90種類の蛋白を同定したが、変異蛋白を検出することはできなかった。一方、ダイレクトシークエンスによる遺伝子解析により膵分泌性トリプシンインヒビター(PSTI)の新規の遺伝子異常p.P45Sをはじめて同定した。p.P45Sを保有する患者の血清中PSTI値は低く、血清PSTI濃度のcut-off値を6.Ong/mlとするとP45Sや本邦の主要な異常であるIVS3+2T>Cの検出が感度78%、特異度96%で可能であり、遺伝子異常の拾い上げに有用と考えられた。
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