以前より、動脈硬化・虚血性心疾患の危険因子の一つとして、うつ病気質が提唱されている。一方、Brain-Derived Neurotrophic Factor(BDNF)は脳内で産生分泌される神経栄養因子であるが、脳内での産生が低下するとうつ病の原因となることが報告されている。また、BDNFのノックアウトマウスのホモ接合体は、胎児期に心不全を起こして死亡することも報告されている。これらのことから、BDNFが心血管系に対して病態生理学的な役割を果たしていることが示唆される。そこで我々は、BDNFと虚血性心疾患の関係に注目し検討したところ、虚血性心疾患をもつ症例では健常群と比べて血中のBDNF濃度が有意に低いことが分かった。その低下は、糖尿病や高血圧など既知の危険因子とは独立した因子であることも明らかとなった。BDNFのノックアウトマウスのヘテロ接合体に急性心筋梗塞モデルを作成してみると、野生型マウスと比較して、心筋梗塞後の死亡率の増大傾向と梗塞後のリモデリングの進行がみられた。BDNFの発現は心筋梗塞後低下するが、野生型マウスの心筋梗塞モデルにBDNFを投与することによって梗塞後のリモデリングは抑制された。つまりBDNFの低下は、急性心筋梗塞の原因となる動脈硬化の進展や梗塞後の心不全の原因となるリモデリングの促進に関わっている可能性がある。そこで、BDNFの誘導型コンディショナルノックアウトを作成し、同様に心筋梗塞を作成してみると、梗塞後の心機能は悪化していた。また、心筋細胞特異的にBDNFの受容体を欠損させたマウスを作成しところ、同様に梗塞後の心リモデリングの進行を認めた。これに対して、心筋細胞特異的にBDNFを欠損させたマウスを作成し、心筋梗塞を作成してみると、梗塞後の心機能は野生型マウスと比較して変化はなかった。以上のことより、心臓以外で産生されるBDNFが梗塞後の心機能低下を抑制している可能性がある。今後は、他臓器のBDNFの役割についてさらに検討を進めていく。
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