本研究の目的は口腔疾患のみならず様々な全身疾患を誘発することが知られている口腔バイオフィルムの形成に際して、唾液タンパク質がどのように関わるかを調べるものである。 本年度はStreptococcus mutansの口腔バイオフィルム形成因子の遺伝子発現に及ぼす唾液の影響を調べた。S.mutans Xcを培養してリン酸緩衝液(PBS)で洗浄した後、ヒト安静時唾液を遠心分離して得られた上清中に懸濁し、37℃で1時間培養した。菌体を回収した後RNAを抽出し、バイオフィルム形成因子である菌体表層タンパク質抗原(PAc)およびグルカン合成酵素(GTF)の遺伝子発現をリアルタイムPCR法で調べた。その結果、唾液と反応させた菌体のPAc遺伝子発現は、対照(PBS処理)と比較して2.0倍に上昇し、一方GTF遺伝子発現は、0.1倍に低下した。菌体と唾液との反応時間を変化させた場合、顕著な差は認められなかった。また他のS.mutans株(MT8148、UA159)を用いたところ、発現の程度に差はあるもののPAc遺伝子発現の上昇、GTF遺伝子発現の低下が同様に認められた。次にS.mutansのPAcとGTFのタンパク発現レベルを経時的に調べたところ、PAcの発現はほぼ一定であるのに対して、GTFの発現は時間とともに低下した。 以上の結果からPAcは唾液タンパク質と反応する因子であるため、唾液の存在によりその遺伝子発現が上昇する何らかの作用が働くこと、GTFはグルコースの存在下に活性が発現される酵素であるため唾液は影響を及ぼさないことが推測された。PAc遺伝子発現の上昇をもたらす唾液中のタンパク質を同定するため、唾液の分画を行い菌体への作用を確認中であるが、このタンパク質の機能領域を決定することにより口腔バイオフィルムの形成抑制が可能である。
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