本研究計画は、格子ゲージ理論の大規模シミュレーションを使って量子色力学(QCD)の真空構造を数値的に明らかにしようとするものである。厳密なカイラル対称性をもつ格子フェルミオンを用いることで、ゲージ理論のトポロジーや量子異常といった、真空の構造を決める重要な性質を正しく保った非摂動計算を実現し、QCD真空の性質やその物理量への影響を定量的に調べる。 平成22年度は、研究代表者らがこれまでに進めてきた、厳密なカイラル対称性を格子上で保つオーバーラップ・フェルミオンを使った精密なQCDシミュレーションのデータを利用して、カイラル対称性の自発的破れを特徴づけるカイラル凝縮の決定、強い結合定数の決定、有限温度相転移の研究などを行った。 カイラル対称性の自発的破れは、クォーク・反クォーク対の真空での凝縮によるものと理解できるが、格子ゲージ理論のシミュレーションによって、このクォーク・反クォーク対の寄与を陽に計算することができる。ここにさらに、カイラル有効理論にもとづいたクォーク質量や体積に関するスケーリングの評価も加えて、カイラル凝縮の値を精密に求めることに成功した。前年度から引き続いてより詳細な解析を行い、論文発表を行った。 強い相互作用の結合定数は、QCDの最も基本的なパラメータであり、その決定は重要である。厳密なカイラル対称性をもつ格子計算を使って真空偏極関数を計算し、その摂動計算と組み合わせることで結合定数を決める新しい手法を開発し、アップ・ダウン、ストレンジクォークを含んだ現実的なQCDの結合定数を比較的簡便に、かつ精密に求めることに成功した。 有限温度ではQCD真空のカイラル対称性が回復すると考えられている。この相転移の性質を詳細に調べる上で、カイラル対称性は当然重要な役割を果たす。本研究で進めてきた厳密なカイラル対称性をもつシミュレーションの手法を有限温度相転移に適用する準備的な研究を開始した。
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