本研究計画は、格子ゲージ理論の大規模シミュレーションを使って量子色力学(QCD)の真空構造を数値的に明らかにしようとするものである。厳密なカイラル対称性をもつ格子フェルミオンを用いることで、ゲージ理論のトポロジーや量子異常といった、真空の構造を決める重要な性質を正しく保った非摂動計算を実現し、QCD真空の性質やその物理量への影響を定量的に調べる。 平成23年度は特に、核子におけるクォークループの影響を顕著にあらわすストレンジクォーク成分の研究を行った。この量は核子の構造を特徴づける意味で重要であるだけでなく、ダークマター探索実験の感度を左右する点からも信頼できる評価が必要とされている。厳密なカイラル対称性を格子上で保つオーバーラップ・フェルミオンを使った精密なQCDシミュレーションのデータを利用して、核子のストレンジクォーク成分をあらわす非連結クォークループダイアグラムを計算し、その値が従来知られていたものよりも一桁小さいことを示した。 有限温度ではQCD真空のカイラル対称性が回復すると考えられている。この相転移の性質を詳細に調べる上で、カイラル対称性は当然重要な役割を果たす。本研究で進めてきた厳密なカイラル対称性をもつシミュレーションの手法を有限温度相転移に適用する準備的な研究を開始した。特に、ゲージ場のトポロジー的励起にともなうフェルミオンの疑似ゼロモードが有限温度相転移にともなってどのように消えていくか、またそれが粒子のスペクトルにどのような影響を及ぼすかが主要テーマとなる。それらの計算手法の開発を進めている。
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