研究概要 |
生物の世界では,様々なレベルで,個(ユニット)が集合し秩序ある総体を作り出す現象がしばしば見られる.本研究は,個体レベルの調節から社会システムに至る動作原理を探ることを目的に,分子生物学的および分析化学的手法などを適用して社会性昆虫のシグナル分子の分子機構と進化の仕組みの解明を試みている.本研究では主にオオシロアリを材料に,(1)環境要因を反映して分業を行うカーストの発生運命を決定するホルモンと,(2)個体間コミュニケーションなどの社会行動を制御するフェロモンを主要なシグナル分子として着目し,「個体→超個体」の組織化の仕組みを探る. 本年度は,前年度に引き続き,シロアリの社会組織化に関わるシグナル分子伝達機構の解明のため,フェロモンやホルモン,発生因子などの関連遺伝子を多数単離することに成功し,リアルタイム定量PCRなどにより発現動態の解析を行った.さらに,トランスクリプトーム解析に着手し,オオシロアリ,ヤマトシロアリ,タカサゴシロアリの3種のシロアリからRNAを抽出し,ESTデータベースの作成を行った.これにより,遺伝子の同定がかなり容易になり,網羅的な発現解析であるRNA-seqを行うことが可能となった.また,敵を提示したときにとる防衛行動に関する行動実験を行った結果,興味深い事実が明らかとなった.兵隊および繁殖虫を外敵に晒すと,兵隊は極めて高い攻撃性を示し,繁殖虫は全く攻撃性は示さず忌避行動を示す.一方,ワーカーの場合,兵隊が随伴する場合は,攻撃せずに忌避し,繁殖虫が随伴し兵隊が不在の場合は極めて高い攻撃性を示した.つまり,ワーカーは随伴するカースト個体を認識して臨機応変に行動を改変させることが強く示唆された.コロニー内の個体は状況に応じて行動を可塑的に改変すること,また,行動が変化することにより体内の生理状態も変化するという,カースト分化に関わる新たな仮説が導き出された.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
フェロモン同定など,予想通りに進展しない研究もあったが,その過程で得られた発見(ワーカーカーストの可塑性に関する発見)など,予想していなかった興味深い事実が幾つも明らかとなった.また,計画当初には予定していなかった次世代シーケンサーによるトランスクリプトーム解析が進展し,分子の探索や網羅的発現解析など予想以上に大きな進展をもたらした.
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今後の研究の推進方策 |
トランスクリプトーム解析については,バイオインフォマティクスを駆使してそれらのデータの解析を行っていく予定.具体的には,シロアリ3種およびゴキブリ2種を含めた発現遺伝子の比較を行っており,使われている遺伝子レパートリーの相違から社会性獲得との関連を探ろうというものである.他にも,シロアリ各種における,カースト分化パターンに応じた遺伝子発現動態の比較や,社会相互作用による発現遺伝子の相違なども独立したテーマとして並行して進める.更に,トランスクリプトーム解析の結果と,化学分析および行動アッセイを組み合わせて,フェロモンによるコミュニケーション手段についても精力的に解析を行う.
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