文化財の科学調査では、資料採取が許されず、非破壊・非接触を大前提とした手法を要求されるケースが多いことから、X線を用いた調査方法は保存科学の歴史の中で重要な役割を担ってきた。例えば文化財の内部構造を調べるためにX線透過撮影が行われてきたが、(1)調査用の機器は一般に大型、複雑かつ高価である、(2)よって、移動が困難な文化財の現地調査が難しい、(3)管電圧、管電流、照射時間、照射距離などのX線照射条件は文化財を構成している物質に大きく依存するが、照射条件に関する定量的な情報は充分に整理されていない、などのように改善の余地が残されていると考えられる。 文化財を構成する材料とX線との相互作用を定量的に評価し、調査に先立ってX線を照射する時の最適条件を予測することができれば、移動が困難な文化財を現地で調査する時の効率や得られる結果の再現性が向上することが期待できる。本年度は、GEMを用いた新しい検出器開発に加えて、X線透過撮影のための最適条件を導き出す手法を確立するために、シミュレーションソフトウェア「GEANT4」を導入した。本研究では、内刳りを有する木彫像を被写体としてX線撮影を行うケースを想定して、GEANT4を用いて計算し、透過X線の分布を調べることにより、X線透過画像のコントラストを定量的に予測できることを視覚的に示した。
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