研究概要 |
新規神経毒の化学的解明は,薬理学,神経科学,精神医学など広範な生命科学研究の発展に貢献し,また新規薬剤の創製にも直結する.毒をもつ哺乳類であるトガリネズミやカモノハシの特異な麻痺性神経毒の解明を目指した.トガリネズミ由来の麻痺性神経毒については,米国に棲息するブラリナトガリネズミの顎下腺抽出物に,鳥の神経筋収縮作用やミールワーム麻痺作用,マウス脳内投与における特徴的な麻痺・痙攣作用などを見いだし,この活性を指標に顎下腺抽出物を分離し,分子量約5kDaの低分子化合物の精製に成功した.構造や機能の解析を進めている.またカモノハシ由来の有毒成分の研究では,発見した新規ヘプタペプチドHDHPNPR(1)について,詳細な生物活性評価を行った.N型およびL型の電位依存性Caチャネルを発現するよう分化誘導した神経芽腫細胞(IMR-32細胞)に対し,1は75μMで持続的なCa2+流入作用を示した.また1はGABAA受容体,NMDA受容体,およびグルタミン酸受容体などに対する拮抗作用や,モルモット回腸標本に対する顕著な収縮作用を示した.さらに本化合物は,マウス脳内投与による痙攣作用や,皮下投与による炎症惹起作用など,多様な生物活性を示した.従来のイオンチャネルの直接的な活性化とは異なり,ユニークな作用機構で神経組織や,炎症,痛みの仕組みに特異的に作用する神経毒であることが示唆された.一方,カモノハシ毒液から発見したCNP断片ペプチドには,C末端がアルギニン残基のものが複数含まれ,毒液にペプチド結合を特定の位置で切断するプロテアーゼで生成したと予想された.実際,ゲルろ過HPLCで分離した毒液の高分子画分に,ヒト低分子キニノーゲンを特異的に切断する酵素活性を見いだし,爬虫類やトガリネズミの毒と同様,カモノハシ毒にもカリクレイン様プロテアーゼが含まれることを解明した.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
毒をもつ哺乳類であるトガリネズミやカモノハシ由来の,特異な麻痺性神経毒の解明を目指して研究を実施した.トガリネズミ毒の単離構造決定は,研究代表者が世界に先駆けて達成した,哺乳類由来で初めて解明された成果である.またカモノハシの毒液からはCNP断片ペプチドなど11種の新規物質を発見し,その特異な薬理活性を解明した.微量物質の最先端構造解析を駆使して得られた成果であり,アメリカ化学会のプレスリリースや新聞掲載(New York Timesなど数誌)など,国内外に非常にインパクトの高い成果を発信した.当初の計画以上に,順調に研究が進展している.
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今後の研究の推進方策 |
研究は概ね順調に進展しているが,これまで本研究課題で注力してきた,有毒物質の単離・構造決定の研究をさらに発展させて,発見した新物質の作用機序に関する研究(ケミカルバイオロジー的アプローチ)を重視して実施する.具体的には,アフィニティー精製による標的生体分子の同定,蛍光プローブなどへの誘導と細胞内および生体組織における動的挙動の解析,プロテオーム解析など,「機能」解朋に重点をあてることで,.飛躍的に研究を進展させたい.
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