研究概要 |
今年度は当初計画に従い、実験装置を完成させ、目的の極低温イオン-分子反応の測定を行った。まず、別々の装置として実験を行ってきた冷却高周波イオントラップと、低速極性分子を生成するためのシュタルク分子速度フィルターを組み合わせた"極低エネルギー分子イオン-極性分子衝突反応実験装置"を完成させた。冷却イオントラップは新たに製作したものを用い、シュタルク分子速度フィルターの最終段にある検出器真空槽に取り付けた。完成した実験装置を用いて以下の2つの反応(1)Ca^++ND_3,(2)Ca^++CH_3CNの反応速度を測定した。トラップされたイオンのマイクロモーションは数ケルビン程度と見積もられ、低速ND_3,CH_3CN分子のピーク速度の換算温度はそれぞれ4K及び6Kであった。反応(1),(2)について反応速度測定を行ったところ、非常に遅い反応であることが分かった。典型的な反応速度の値は~2×l0^<-5>s^<-1>であり、この値は低速極性分子を照射しない場合に観測される背景ガスH_2とのレーザー誘起反応から見積られる反応速度と誤差の範囲で一致することを確かめた。低速極性分子の数密度から反応速度定数の上限値を求めると、Ca^++CH_3CN→products反応の上限値は2.3(0.6)×10^<-10>cm^3/sであり、古典的上限値(8.2×10^<-9>cm^3/s)と比較して非常に小さな値となった。この結果を考察するために量子化学計算ソフトを用いてCa^++CH_3CN→products反応のエネルギーダイアグラムを計算した。その結果、本反応は励起状態4p^2P_<1/2>でのみ起こると考えられるため、反応速度が非常に遅くなることが分かった。また、真の反応速度定数は、実験的に得られた反応速度定数を励起状態の占有密度で割った値であり、前述の古典的上限値と矛盾しないことも分かった。本研究の結果からCa^+イオンのクーロン結晶と低速CH_3CN分子線の反応性は極めて低いことがわかった。Ca^++ND_3→products反応についても同様の実験を行い、Ca^+との反応性が極めて低いことを確認した。以上の実験結果は、Ca^+による共同冷却法を用いて得られる極低温分子イオンと低速極性分子との反応速度測定が可能であることを実証したことを意味する。今後、系統的な極低温分子イオン-極性分子反応速度測定の途を拓くことができたという点で大変意義のある結果である。
|