研究概要 |
平成24年度の研究では、前年度までに開発した1細胞計測技術を用いて、マウスES細胞の挙動を未分化維持環境、および分化誘導環境で計測した。その結果、分化誘導環境に置かれたES細胞は、その多く(40%程度)が分化誘導直後から48時間以内に死ぬことが分かった。この実験で用いたES細胞は、未分化状態維持に重要なNanogのプロモーター下流からGFPを発現し、そのプロモーター活性を1細胞レベルで見積もることができる。集団レベルの計測では、分化誘導後にGFPの発現量が低下することが観察されている。一細胞計測のタイムラプス画像からGFP発現量と細胞の生死の相関を調べたところ、GFP発現量が高い(すなわちNanogプロモーターの活性が高い)細胞ほど死ぬ確率が高いことが分かった。このことから、集団計測で観察される分化誘導時のNanogプロモーターの活性低下は、必ずしも発現抑制応答で説明されるものではなく、Nanog活性に依存した適応度差をもつヘテロな細胞群の平均の変化である可能性が示唆された。 さらにES細胞の適応度差が細胞系列に依存しているか調べるため、1細胞系統樹を用いてエピジェネティックな相関を定量的に調べる新たな定量解析手法を開発した。この手法をバクテリアの1細胞系統樹のデータに応用し、抗生物質投与に対する細胞の生死に関してエピジェネティックな要因の存在を示すことに成功した(Wakamoto, et al. (2013) Science)。この手法をES細胞のデータに適用したところ、ES細胞の分化誘導環境への応答時でも、生死に系列依存性があることを見出した。 これらの結果は、幹細胞の分化応答の理解には、発現やシグナルネットワークの応答だけでなく、個々の細胞の状態差とそれに依存した適応度差の関係、各細胞の履歴などを明らかにする必要があることを示唆しており、重要な結果だと考えられる。
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