本研究は、熱力学的な非平衡状態の分子物性研究として、温度勾配下における物質の拡散現象を調べ、特に高分子が温度勾配下で形成する不可逆な構造形成現象を詳細に解析する。用いる手法は、熱拡散型強制レイリー散乱法(TDFRS法)であり、TDFRS法は溶液に安定な温度勾配を形成させることで、外場としての温度勾配を作用させ、ルードヴィッヒ・ソレー効果によりに安定な濃度勾配が形成される過程を調べることができるオリジナルな手法である。さまざまな高分子溶液のルードヴィッヒ・ソレー効果を定量的に調べることで、非平衡熱力学分野への実験事実(データ)を提供すること、および高分子物理学の発展に寄与するという目的に加え、生体高分子を用いた系統的な実験により生命活動を担う高分子と水分子の構造や機能に新たな知見をもたらすことを目指している。複雑な非平衡状態における実験結果を解釈するためには、熱力学的に平衡な状態における分子特性を詳細に調べておくことが不可欠である。よって、光・X線散乱、誘電分光法、熱分析等のキャラクタリゼーションも並行して実施している。 本年度においては、昨年度から引き続き測定データ取得を系統的に実行した。主なサンプルは、合成高分子(PMMAとPNIPAM)、非イオン性界面活性剤、単糖、オリゴ糖、多糖類の水溶液(および有機溶媒も用いた)である。これらサンプルの熱平衡状態における分子特性解析およびルーヴィッヒ・ソレー効果についてデータ取得を基に現象の解析を行った。その結果、(1)高分子の分子量依存性を詳細に解析することにより、ルードヴィッヒ・ソレー効果の主な要因である分子量と分子サイズについて新たな知見がえら得た。さらに(2)温度依存性のデータ取得と解釈を進めつつ、理論との比較を行うという研究が順調に遂行され、分子間相互作用(特に水素結合)の影響を整理することができた。これらにより、水混合系に特有な温度勾配下の分子物性について、分子量と分子サイズおよび温度に関するルードヴィッヒ・ソレー効果の分子論的機序の一端が明らかになった。
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