研究概要 |
シロアリの社会生態を理解する上で、最も重要な化学物質である女王フェロモンの特定に世界で初めて成功し、二次女王の分化制御システムの実態を明らかにした(Matsuura et al.2010,PNAS)。真社会性昆虫では、繁殖と労働の分業が高度に発達しており、女王は自分が繁殖している間、他の個体が女王になるのを強く抑制している。多量の女王採集と化学分析、独自に開発した生物検定法により、その成分が2つの揮発性物質2-メチル1-ブタノール(2M1B)とn-ブチルn-ブチレート(nBnB)であることを特定し、人工フェロモンによる女王分化抑制に成功した。さらに、これらと全く同じ物質が卵からも放出されており、女王と卵の存在が、ほかのメンバーの女王化を防いでいることも明らかになった。ワーカーが卵に直接触れて認識するフェロモンはタンパク質のリゾチームとβ-グルコシダーゼであることも特定し、揮発性フェロモンである2M1BとnBnBは卵への定位フェロモンとして機能していることを明らかにした。コロニーのメンバーが卵や女王を認識し、給餌や保護行動を誘発するリリーサーフェロモンが、同時に卵の生産能力を示すシグナルとして働き、新たな女王の分化を抑制するプライマーフェロモンの機能を有していることが示された。この成果は、シロアリの繁殖分業を制御するフェロモンの世界初の特定であるだけでなく、個体に直接作用して分化を制御する真の女王フェロモンとしては、社会性昆虫で初めての特定である。半世紀以上解明されていなかった最重要フェロモンが同定されたことにより、シロアリのカースト分化の制御機構の解明に突破口を与えた研究である。さらに、卵から放出されている2-メチル1-ブタノールとn-ブチルn-ブチレートには卵擬態菌核菌ターマイトボールに対する抗菌作用があることが判明した。これらのフェロモンが一次機能として微生物に対する防御物質として働いており、それが前適応となって卵認識や女王認識のシグナルとして二次機能を備えた可能性が考えられる。
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