研究概要 |
多細胞生物の器官発生とその恒常性維持は、細胞増殖と細胞死の協調によって動的に制御されている(動的恒常性維持)。近年、この組織レベルでの動的恒常性維持に、細胞間コミュニケーションを介した「細胞競合」と呼ばれる機構が重要な役割を果たしていることが分かってきた。細胞競合とは、組織中で隣り合う2つの細胞間において、(1)分製速度が相対的に遅い方の細胞("敗者")が細胞死によって組織から排除され、(2)そのスペースが分裂速度の速い方の細胞("勝者")によって占有される現象である。したがって、細胞競合は細胞分製速度の遅い細胞群を選択的に排除し、組織を構成する細胞の分裂速度を均一化させることにより、器官形成のロバストネスを向上させていると考えられる。また、細胞競合は器官形成の調節のみならず、組織に生じた異常細胞の排除、癌細胞の優勢的増殖、さらには幹細胞ニッチにおける優良幹細胞の選択など、器官の恒常性維持や種々の疾患メカニズムにおいても重要な役割を果たすことが示唆されている。本研究は、ショウジョウバエ上皮をモデル系として用い、細胞競合を介した上皮の動的恒常性維持システムの動作原理を明らかにすることを目的とする。平成22年度は、ショウジョウバエ上皮に誘導した権性崩壊細胞が細胞競合によって組織から排除されるモデル系を用い、このとき極性崩壊細胞を取り囲む正常細胞(細胞競合の"勝者"として振る舞う)の役割を遺伝学的に解析した。その結果、正常な上皮細胞は隣に極性崩壊細胞が出現するとそれに反応してJNKシグナルを活性化し、これがPVR-ELMO/Mbc経路の活性化を介して貪食能の亢進を引き起こすことで極性崩壊細胞にエントーシス様の細胞死を誘導することが明らかとなった(Ohsawa et al., Dev Cell in press)。
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