研究概要 |
中性脂肪とコレステロールは動脈硬化症の危険因子としての負の側面が強調されているが、本来はヒトの生理活動に必要不可欠な分子であり、人類の適応放散において重要な役割を果たしていたものと考えられる。本研究では、アジア・太平洋地域の人類集団における脂質特性と遺伝子多型の関連性について、近年にその生物学的・臨床的意義に注目が集まっているrare variantに特に着目した解析を展開している。21年度は、日本人を中心とした23,000人以上のアジア・オセアニア人を調査し、血中の中性脂肪およびコレステロール量にMLXIPL,ANGPTL3,TRIB1,GALNT2,SORT1,FADS1の遺伝的多型が関与していることを示した。さらに、FADS1は、日本人とモンゴル人との間で血中脂質量への効果が非常に異なることが明らかになった。FADS1は不飽和脂肪酸の代謝に重要な酵素をコードしており、食事中の脂肪酸組成が大きく異なる日本人とモンゴル人との間で相違が見出されたことは、遺伝子栄養学的に興味深い発見である。さらに、同遺伝子は空腹時血糖値などの糖代謝パラメータとも強く関連しており、メタボリック症候群の遺伝的素因としても重要であることが予測される。また、中性脂肪量と強く関連していたMLXIPLのGln241His多型の分布を全世界の人類集団で調査したところ、モンゴル人、チベット人などの遊牧を生業としてきた中央アジアの人類集団は、低い中性脂肪量と関連するHisアレルを周辺の人類集団よりも高い頻度で有している事を明らかにした。これは、高脂肪食に強く依存する遊牧生活を通して高脂血症抵抗性が獲得されたことを示唆する結果であり、現在はさらに詳細な調査を続行している。また脂質代謝に関わる幾つかの遺伝子について、日本人、モンゴル人、タイ人、パラオ人の4集団各100名程度について全コード領域のresequencingを行い、血清脂質量に強く関連するrare variantsの調査を行っている。現在までに、コレステロール逆輸送系路に関与するSCARB1でタイ人特異的なフレームシフト多型の存在をなど確認している。
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