申請者はDNA損傷後のヒストン修飾の変化に着目し、さまざまな修飾の中でピストンH3-Threonine 11 (H3-T11)のリン酸化の減少とE2Fターゲット遺伝子の転写抑制との間に相関があることを見出した。Chk1がH3-T11をリン酸化し、DNA損傷後はクロマチンからChk1が解離することによってH3-T11のリン酸化が減少することを報告したが、どのようなメカニズムでH3-T11の脱リン酸化が転写抑制をもたらすのかについては不明だった。今回申請者は、(1)脱リン酸化酵素PP1がH3-T11を脱リン酸化すること、(2) Chk1がE2F1およびGCN5と相互作用し、DNA損傷後これらの相互作用は減少すること、(3) Chk1-GCN5複合体にかわってPP1-HDAC-pRB複合体がE2F1ターゲット遺伝子のプロモーター領域にリクルートされること、(4) DNA損傷後Cdk1の阻害によるPP1-T311の脱リン酸化およびPP1と調節阻害因子NIPP1の結合減少によりPP1が活性化されること、を見出した。以上の結果から転写の活性化に必要なヒストン修飾を担うChk1-GCN5複合体がDNA損傷後はPP1-HDAC複合体に置き換わり、転写が抑制される可能性が示された。H3-T11の脱リン酸化を介した細胞周期関連遺伝子の発現抑制に伴い、増殖関連遺伝子のプロモーター領域のへテロクロマチン化が誘導されることで、恒常的な細胞周期停止が誘導される可能性があると考えている。
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