研究概要 |
本研究の目的は,ほ乳類において発声の聴覚フィードバック制御を司る神経メカニズムを明らかにすることである。動物実験により,ヒトを対象としては研究が困難である「脳幹部の神経ネットワークによる聴覚-発声制御のメカニズム」の解明を目指す。その成果は,発話障害の治療法開発に必要となる発声制御に関する基礎的な知見を与えてくれると期待できる。 本年度はキクガシラコウモリ(Rhinolophus ferrumequinum)をモデル動物として,哺乳類において発声器官の筋肉を直接支配する脳幹の神経核凝核)からの活動電位の記録および薬理操作を同時実行した。昨年までの研究で判明した,発声における周波数制御に特異的に関与する,脳幹部疑核の吻側部分(直径400μm)からの発声中の活動電位の記録を行った。記録を行なった全ての神経(72ユニット)の内,19ユニットは発声の開始あるいは発声中に活動し,発火率と発声の周波数に有意な正の相関が見られた。これらの神経のうち薬理試験を行なった神経(8ユニット)は全てGABAあるいはGABA受容体の薬理操作(ムシモルあるいはビククリン注入)により神経活動が有意に変化した。これは発声の周波数を制御する神経(輪状甲状筋を支配すると考えられる)はGABAによる制御を受けることを示唆する。 これらコウモリで得られた結果が哺乳類一般に適用可能かを検討するため,聴覚生理学の標準動物であるスナネズミを被験体とし,発声制御を司る脳神経ネットワーク(中道水道周辺灰白質)を電気刺激し発声させると同時に,疑核の神経活動を薬理操作する実験を行なった。結果,彼らの発声レパートリの中で親和的な文脈で使用される超音波音声を誘発可能な部位を同定するにとどまり,薬理操作の同時実行は成功しなかった。今後も,コウモリを対象には困難な研究を遂行するために,ネズミをモデルとした実験を進めていくのが有用であろう。
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