研究概要 |
Sasaoka et al.(2005)は,被験者にトラックボールを操作させ,CRTディスプレイに呈示した物体を回転して物体の景観を能動的に観察することによって,後の物体認識パフォーマンスが促進することを示した.この結果は,視点に依らない物体の認知を達成するために,運動系から得られる情報が利用されていることを示唆しており,従来物体の認知を行っているとされてきた腹側経路と運動のための視覚情報分析を行う背側経路の相互作用が存在することを示唆している.そこで,物体をより現実に近い状況で直接操作している感覚を被験者に与えるため,CRTディスプレイの側面に直接取り付け可能な回転デバイスを用いて,被験者がそれを手で操作することにより物体を回転し,景観の変化の能動的観察を行った後,物体認識パフォーマンスに促進が見られるかどうか調べた.事後的な内観報告で,能動的観察の際に手を手前に回す方が回しやすかったと答えた被験者と,奥に回す方が回しやすかったと答えた被験者でデータを分けて分析を行ったところ,手を回転しやすい方向と物体認識パフォーマンスが促進する回転方向が一致する傾向が見られた。この結果は,手の回転しやすさという手の生体力学的な制約という要因が物体認識過程に影響を与えうることを示している.本研究で得られた知見はSasaoka et al.(2005)の結果が単に能動的に物体を観察することに起因するのではなく,手を回転させるという運動系からの情報と手を回転することによって得られる物体の見えの変化を観察することが物体認知に寄与することを示唆しており,物体認知への身体性の寄与を示す一つの証拠となる知見であるといえる.
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