研究概要 |
我々は物体を正立像以外の方向から見ても一貫した認識を行うことができる(物体恒常性).近年の心理学,生理学的知見から,物体が複数の景観に基づいて表現されていることが示唆されているが,その場合,物体恒常性を達成するためには未知の景観を見たときにそれを既知の景観へと変換する過程(正規化)が必要になる.この正規化の過程において,これまでの研究でCGで作成した新奇物体の認識の際に手の動かしやすい方向(右ネジの方向)において正規化の促進が起こることが示されている(Sasaoka, Asakura, andInui, 2009).このような促進効果は日常的な物体においても起こる事が予想される.そこで,日常的な物体を用いた比較照合課題を用いて,物体の行為知識が正規化に与える影響を検討した.実験では物体の大きさと物体に対する行為可能性に基づき,LV(大きさ:大,乗り物),LN(大きさ:大,ニュートラル),SH(大きさ:小,持ち手あり),SN(大きさ:小,ニュートラル)の4つのカテゴリの物体を用い,それらの間でx,y,z軸回転に対して,正規化の速度を調べた.その結果,LNカテゴリとSNカテゴリにおいてx軸回転の正負方向で正規化の速度に差が見られた.LNカテゴリでは物体を下から見た景観の正規化が上から見た景観の正規化より時間がかかった.このことは,物体に対して視点を移動するような身体運動イメージが正規化に用いられていたことが示唆される.また,SNカテゴリでLNカテゴリと逆の傾向が見られた.SNカテゴリで正規化にかかる時間が短かった方向は物体を手で持ったときの右ネジの方向に対応することから,SNカテゴリでは物体に対する視点移動ではなく,物体を手で持って動かすシミュレーションが行われたことによって正規化がなされていた可能性を示唆している.以上の結果は,日常的な物体における正規化への身体性および行為可能性の影響を示した初めての知見と言える.
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